ベアリング2ch自動車・バイクニュース

バイク・自動車関連の情報・ニュースです。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

 



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑ | |

≫ EDIT

[車・バイク・他、関連動画紹介] F-1 中嶋悟 夢への加速
















中嶋 悟(なかじま さとる、 1953年2月23日 - )は、元レーシングドライバーで、有限会社中嶋企画代表取締役社長。愛知県岡崎市出身。血液型B型。身長165cm、体重60㎏。



日本人初のF1フルタイムドライバーで、現在は株式会社日本レースプロモーション(JRP)の取締役会長も務める。


34歳にしてアジア人としてタイのプリンス・ビラに次ぐ日本人初のフルタイムF1ドライバーとして、1987年の開幕戦(ブラジルGP)でロータス・ホンダよりデビューを果たした。1991年で引退するまでの5年間、ホンダと初年度のチームメイトであったアイルトン・セナと共にバブル景気に沸く日本にF1ブームを巻き起こした。


F1での生涯成績は、出走回数80回(決勝出走回数74回)、予選最高位6位(2回/1988年メキシコGP・1988年日本GP)、決勝最高位4位(2回/1987年イギリスGP・1989年オーストラリアGP)、ファステストラップ1回(1989年オーストラリアGP)、総獲得ポイント16点であった。


一発の速さと高いマシンの開発能力、レインコンディションの強さが認められたことや、ホンダやエプソンをはじめとしたスポンサーのバックアップもあり、有力チームで参戦を続けることができた。しかし年齢的なことやレース環境の違いもあり、トップクラスの選手とのレベルの差は大きく、ロータス時代にはチームメイトがF1での実績を上げていたドライバーだったためにチーム内で完全にセカンドドライバーと割り切られてしまい、しかも有力チームとはいえ1987年を除いては優勝するポテンシャルを持っていたわけでもなかったために、F1で優勝を飾ることはできなかった。


しかしながら、日本人にF1への門戸を開いた功績は大きく、日本のモータースポーツ史に残るだけでなく「パイオニア的存在」として記憶に残るF1ドライバーの一人である。



※この記事に続きはありません






関連記事

| 車・バイク・技術・ドキュメンタリー関連動画 | 08:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑ | |

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://car005358.blog101.fc2.com/tb.php/1658-ffc9f83f

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。